256時間
心肺停止し,栄養が供給されなくなった心臓は次第に壊死しはじめる.
また,全身に血液を送り出すことができず,特に脳には致命的なダメージとなる.
父は心肺停止の前には救命士と接触し,心臓マッサージなどの応急処置を受けていたもの,30分以上心肺停止状態であった.
壊死が進んだ心臓はもはや本来の機能を果たすことができない.
機能しない心臓の代わりに血液を送り出すポンプの役割を果たすPCPSが父には装着されている.
これには感染症などの多大なリスクがあるらしい.
また,装置は1週間程度で交換する必要があり,交換には1〜2時間かかるようだ.
簡単に切り替えられるものではなく,交換には多人数であたるようである.
加えて,交換にはリスクがある.実際,父も既に1度交換をしたが,一時的にだが状態が悪化した.
PCPSで命をつなぎ,PCPSにたよらずとも自己の心臓で生命を維持できるよう,できるだけ早い回復を待つことになる.
実は,父の心臓機能は悪化しておらず,むしろほんの少しずつではあるが回復しているらしい.
しかしPCPS装着による副作用もあり,全体としてはジリ貧状態であるらしい.
次回の装置交換時に,ひょっとすると命の選択をしなければならないことを医師から告げられた.
父が倒れて5日目の夕方のことでであった.
その夜,父と同じ状況におけるPCPS離脱可否,生存可否に関する論文を調べたところ,どうも父の場合はタイムオーバらしいことを知った.
私たち家族は,覚悟を決め,せめて最後にきれいに送り出してやろうと準備をすすめた.
礼服も新調し,お葬式についても今やれる準備をした.
喪主を立派に勤め上げることが父の名誉を守り,最後の親孝行であると思うことにした.
ところが,やはり父の心臓はよくなっているのである.
呼吸もほとんど自分の肺で行っており,血圧,心拍ともに安定しているときがあるらしい.
まれに血圧の低下や不整脈がみられるが,これはPCPSの副作用である感染症によるものであり,抗生物質により抑えられたようである.
本日の午後,PCPSの離脱が試みられる.しかし,それは命の選択ではない.
PCPSにたよらずとも,父自身の心臓で生命を維持できる見込みがあるが故である.
無論,生命へのリスクもある.
PCPSを再度装着しなければならない可能性も示唆された.
しかし,少なくとも数値の上では離脱の見込みがあるらしいのだ.
昨日の夕方,仕事終わりにICUの父の様子を見に行くと,前日との変化に驚いた.
麻酔の量を減らしているのもあるだろうが,呼びかけに対して明確な反応を見せるのである.
問いかけに対して,まぶたをゆっくりとあけたり,目玉を動かしたり,チューブが入れられた口を必死で動かす.
そして涙を流す.
父は頑張っていた.
僕たちがあきらめてしまっていた間も.